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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6250号 判決

原告 加藤真子

被告 井出昌一 外二名

主文

一  被告井出昌一及び被告株式会社井出ニツトは、原告に対し、各自金二、八二〇、〇〇〇円と、これに対する昭和四七年八月一六日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  被告頴川彰夫は原告に対し、金二、六二〇、〇〇〇円と、これに対する昭和四七年八月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の限度で、被告井出及び被告会社と連帯して支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告ら、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五、八六〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年八月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という)を所有していた。

2  原告は昭和四五年七月一日本件建物を被告井出昌一に対し、左の約定で賃貸して引き渡した。

期間 昭和五〇年七月一日まで

賃料 一ケ月一二万円

3  その際被告頴川彰夫は原告との間に、右契約より生ずる被告井出の債務につき連帯保証契約を締結した。

4  被告井出は昭和四五年七月七日ころ本件建物を被告株式会社井出ニツト(以下被告会社という)に対し、転貸して引き渡し、原告はこれを承諾した。

5  昭和四七年四月一五日午前二時ころ被告会社従業員の重大な過失により出火し、本件建物は全焼した。

6  そのため原告は左の損害を蒙つた。

(一) 金二、五〇〇、〇〇〇円

昭和四〇年八月新築したものであつて、本件建物の焼失時の価額七、五〇〇、〇〇〇円から原告が受領した保険金五、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額。

(二) 金一、四四〇、〇〇〇円

昭和四七年五月一日から本件建物にかわる建物を改築し収益再開に至る昭和四八年四月末日までの一二ケ月にわたる月一二〇、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金。

(三) 金六二〇、〇〇〇円

焼失建物の残存物解体処理費用。

(四) 金三〇〇、〇〇〇円

原告は被告井出に本件建物を賃貸するに際し本件建物内に存置した原告所有の動産(冷蔵庫、ベツド、絵画全集等)の保管を同人に委託したが、右動産も本件火災のため焼失した。

(五) 金一、〇〇〇、〇〇〇円

精神的苦痛に対する慰藉料

本件建物は原告が針谷博と離婚するに際し、引取つた子供と原告の生活の資として分与をうけた唯一の不動産であり、再築見込みもたたず、その後の収益も確保されず精神的苦痛は甚大である。

以上合計金五、八六〇、〇〇〇円也

よつて、原告は被告井出および被告会社に対し、前記賃貸借契約に基き、被告会社に対しては更に不法行為に基く使用者責任の法理に基き、そして被告頴川に対しては連帯保証契約に基き、損害金五、八六〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の後である昭和四七年八月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  1、2項の事実認める。

2  3項の事実否認。

3  4項の事実は認める。

4  5項事実中、被告会社従業員の重大な過失によりとの点を否認し、その余の事実は認める。

5  6項の事実は争う。

(一)については、昭和四六年度の固定資産税の評価額は一、一九七、〇〇〇円であるし、又、焼失建物には昭和四一年五月一一日訴外大塚新一郎に対して元本極度額五〇〇、〇〇〇円につき根抵当権が設定され、又、昭和四四年八月一五日訴外勧業信用組合に対して元本極度額二、五〇〇、〇〇〇円につき根抵当権が設定され昭和四五年二月一七日元本極度額は五、〇〇〇、〇〇〇円に変更されたので、以上合計額五、五〇〇、〇〇〇円だけ建物の価値は減少している。

(二)については、これから新築する建物が焼失建物と類似しているものとしても建築所要期間は約二ケ月が相当であるし、建物建築中に借主が得られるのが通常である。

(四)については、本件賃貸借の予約中の昭和四五年六月二日より被告井出は原告の依頼によつて一年間動産若干を預かつたが、期限に引取方を求めたところ原告は引取ることなく被告に処分を任せて所有権を放棄した。

三  仮定抗弁(仮に被告に損害賠償債務があるとしても)

1  被告井出は本件建物賃貸借契約にあたり、原告に対して敷金として金二四〇、〇〇〇円を交付した。

2  被告井出は、原告が訴外日新火災海上保険株式会社に対し支払うべき保険料追徴分一二、五〇〇円を昭和四七年五月一六日原告にかわつて立替え支払つたので、昭和四七年一一月八日の本件口頭弁論期日において右求償債権によりその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  1項の事実は認めるが、右敷金は、賃貸借終了による建物明渡と同時にこれを賃借人に返還する約定であり、明渡しのできないときは損害の有無にかかわらず返還の義務のない約旨であつたのであり、本件は建物明渡が出来なかつたのであるから、被告井出には敷金返還請求権はない。

2  2項の事実中、被告井出が保険金の差額一二、五〇〇円を支払つたことは認めるが、それは建物の使用状況特に建物内の作業が契約締結時居宅兼事務所であつたにも拘らず被告会社は原告に無断で織物裁断縫製工場に使用目的を変更したためであり、本来被告の負担すべきものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告が本件建物を所有しており、昭和四五年七月一日これを被告井出に賃料一ケ月一二万円、期間昭和五〇年七月一日までとの約定で賃貸して引き渡したことは当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証によれば、被告頴川は原告、被告井出間の右賃貸借契約により生ずる被告井出の債務につき連帯保証契約を締結したことが認められる。

三  被告井出が昭和四五年七月七日ごろから被告会社に対し本件建物を転貸して引き渡し、原告がこれを承諾したことは当事者間に争いがない。

四  そして昭和四七年四月一五日午前二時ごろ出火して本件建物が全焼したことも当事者間に争いがない。

そこで本件建物の出火原因について検討する。

(一)  成立に争いのない乙第五号証、証人磯利昭、同新楽雄二の各証言によれば磯利昭は本田消防署に勤務する消防官で、本件火災については消防司令として火災現場に到着したものであるが、現場の一〇ないし一五メートル手前でドラム缶を転がしている男がいたこと、現場に到達した際本件建物の裏本戸が開いていたこと、本件火災は本田消防署の職員が発見し直ちに出動したものであり、しかも現場は消防署から一〇〇メートル位の所でその間の道路状況もよく、直ちに消火活動に移つたのに火の回りが早く、本件建物二階は根太ごと床が落ちていること、前日の二二時三〇分ごろから当日にかけて本田消防署管内で放火と考えられる火災が二件発生していること、これらの事情から、本件火災の調査を担当した本田消防署の消防官である新楽雄二は、本件火災は放火の疑いがあるとして報告書(乙第五号証)を作成したものであること、等の事実が認められる。

(二)  しかしながら、他方前掲各証拠によれば、本件火災には放火の特徴である物の移動や油類の使用が認められず、本件建物に一人で居住していた被告会社の従業員亡立道守は一日三〇本位のたばこを吸う愛煙家であり、出火場所と推定される所は、玄関側上がり口のアイロン仕上台右下付近であり、右仕上台は常時右立道が使用していたものであり仕上台右下の段ボール箱の中には紙屑割箸等と一緒にたばこの吸いがらやマツチの燃えさしが沢山入つていたこと、そして仕上台の上にあつた灰皿の中には吸いがらやマツチの軸が残つていなかつたこと、等の事実が認められ、これらの事実は、たばこの吸いがらやマツチの燃えさしを右段ボール箱の中に捨てたことを物語るものであり、これらの事実からすると、被告会社においてはたばこの吸いがらについての管理が非常に杜撰であつたことを推認させるに十分である。また、本件火災の調査を担当した新楽雄二は、右の事情から、当初からたばこの吸いがらによる失火ではないかと考えていたが、本件建物の唯一の住人であつた立道守が死亡しているためその供述が得られず、ことに本件については死亡者もあつたことから、警視庁、本田警察署、本田消防署の三者の調査であつたため、失火説を認める具体的証拠がないとして前記のごとく報告書では放火の疑いがあるとして処理したにすぎないことが証人新楽の証言によつて認められる。

(三)  このようにみてくると、前記(一)の事実から窺われる放火の可能性が薄らぎ、ほかには本件火災が被告会社以外によつて惹起されたことの可能性を認めるべき証拠もない。そうすると、本件火災発生の具体的経過は必ずしも明らかでないけれども、被告会社が本件建物を占有し支配する状況下で発生した以上、右火災は被告会社の責めに帰すべき事由によるものと認めるのを相当とする。けだし、現に、被告会社には、前記(二)で認定したごとくたばこの火の不始末という有力な可能性の存するのみならず、他の原因によるとしても、本件建物を占有し支配していたのは専ら被告会社であり、右に見たように被告会社以外によつて惹起されたことの可能性が認められない以上、被告会社の側に原因と過失があるのでなければ、本件火災は通常は起こりえないはずであるからである。

いまもし具体的証拠がないからという理由で右と反対に解するときは、他に賃貸するなどして建物を占有していない所有者は、火災の際には常に証拠がないため損害を回復できないという危険にさらされることになる。そしてまた、賃借人その他の建物占有者の側では、自らの占有支配中の火災でありながら、因果関係や過失の具体的証拠がないとしてその責任から免れるときは、損害の発生を予防せんとする損害賠償に関する諸規定の趣旨目的が十分には達成されない結果になる。

以上要するに、他の原因に基づくものであるとの可能性も被告会社の側の過失に疑問をもたせる事情も認められない以上、本件火災は被告会社の過失によるものと推認すべきである。そして、被告会社は被告井出からの転借人であるから、被告井出も過失責任を免れない。

五  損害

(一)  証人原嶋和男の証言と原告本人尋問の結果によれば、本件建物は昭和四〇年八月ころ原告の元の夫で建築会社を経営していた針谷博がその事業の最盛期のころ建てたものであり、杉板などは、わざわざ本場の秋田から取寄せる等して建築したもので住宅用建物としては高級な造りであつたこと、当時の金で一〇〇〇万円以上かかつたことが認められる。

従つて焼失時の本件建物の価値は建築後約五年を経過してはいるものの、その間の物価の上昇を併せ考えると七五〇万円を下らないものと推認するのが相当であり、原告は本件火災により保険金五〇〇万円を受領しているので右金額を控除すると、原告の受けた損害は二五〇万円となる。

被告は、本件建物には根抵当権が設定されているので、その元本極度額だけ建物の価値が減少していると主張するが、右主張は根抵当権者と債務者と抵当権設定者の間で解決すべき問題を本件不法行為の中に含めようとするものであり、主張自体失当である。

(二)  本件建物の約定賃料が月額一二万円であることは当事者間に争がなく、従つて賃料相当損害金は、月一二万円が相当である。そして原告本人尋問の結果によれば焼失家屋の建築に要した期間は三・四ケ月であつたことが認められるから、これと同程度の新家屋建築の所要期間も三ケ月と認めるのが相当である。

従つて原告の右損害は三六万円となる。

(三)  焼失家屋の残存物解体処理費用

原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三号証によれば、六二万円であることが認められる。

(四)  本件建物内に存置した原告所有動産の価格、原告本人尋問の結果によれば冷蔵庫、ベツド、絵画全集等の焼失時の価格は二〇万円と認めるのが相当である。これに対し、被告は原告が引取を拒絶し、所有権を放棄したと主張し、証人井出俊子の証言や、被告会社代表者の供述中には右主張にそう部分があるが、原告本人尋問の結果に比し採用できない。

但し、被告頴川は、本件建物の賃貸借契約それ自体から被告井出に対し生ずる債務について保証したものであり、右動産の寄託契約については連帯保証していないと解されるので、この部分については原告の請求は理由がない。

(五)  慰謝料

原告本人尋問の結果によれば、本件建物は、原告が夫針谷博と離婚するについて、財産分与の一つとして譲渡を受けたものであることは認められるが、右事情からでは本件火災による損害が賠償されれば、それで充分であり、それに加えて本件建物焼失による慰謝料までを原告に認めるべき特段の事情ありとは認定できず、従つて原告のこの点の主張は採用できない。

六  抗弁

(一)敷金

本件建物賃貸借契約に際し、敷金二四万円が被告井出から原告に差入れられたことは当事者間に争いがなく、敷金は当然に損害賠償に充当されるべきものである。

従つて、敷金の二四万円を控除した額が原告の損害額となるので右部分の抗弁は理由がある。この点に関する原告の主張は採用しない。

(二)  保険料立替分

被告井出が訴外日新火災海上保険株式会社に対し保険料追徴分一二、五〇〇円を昭和四七年五月一六日支払つたことは当事者間に争いがない。

しかし、原告本人尋問の結果によれば、被告らが原告に無断で本件建物の使用目的を住居兼事業所から織物裁断縫製工場に変更したため右追徴金を支払うに至つたことが認められ、そうだとすれば、右追徴分は本来被告の負担すべきものであるから右部分の抗弁は理由がない。

七  結論

以上認定の事実によれば、原告の本訴請求は前記損害金のうち、被告井出および被告会社に対しては金二八二万円、被告頴川に対しては金二六二万円と、それぞれに対する本件訴状が被告らに送達された日よりも後であること記録上明らかな昭和四七年八月一六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を認める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 賀集唱 荒川昂 雨宮則夫)

別紙 目録〈省略〉

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